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感想:『はつ恋』


『はつ恋』(著:ツルゲーネフ、訳:神西清、新潮文庫)



 6、7年前に一度読んだが、概要しか覚えがなかった為再読。

 初恋の純粋さや、幼さ故の感情の起伏の激しさの表現が鮮烈。
 ヒロインである零落した侯爵家の令嬢ジナイーダの立ち回りが秀逸。振舞や相関関係の不安定さはあるが、幼さや弱さを感じさせず、寧ろ彼女について知れば知るほど彼女の真意から遠ざかるような、何処までも掴み処のない印象を受ける。但し、主人公を含めた周囲の男達のみならず読み手をも翻弄する女性としての役割が一貫しており物語にブレが無いのが好印象。
 父親の遺言である『女の愛を恐れよ。かの幸を、かの毒を恐れよ』の一文は本作を総括する名句といえる。

 ロシア十九世紀文学の静かな深い憂愁という特質に関して、下記のような興味深い評語が訳者あとがきに載せてある。
 「ツルゲーネフの悲哀は、その柔らかみと悲劇性のすがたにおいて、本質的にスラヴ民族の憂愁であり、スラヴ民謡のあの憂愁に、じかにつながっている。……ゴーゴリの憂愁は、絶望に根ざしている。ドストエフスキイが同じ感情を表白するのは、虐げられた人々、とりわけ大いなる罪びとに対する同情の念が、彼の胸にみなぎる時である。トルストイの憂愁は、宗教的な宿命観にもとづいている。そのなかにあって、ツルゲーネフのみが哲人である。……彼は人間を愛する。よしんばそれが、あまりに感服できぬ人間で、たいして信用のおけぬ場合でも、やはり彼は人間を愛するのだ」
 ニヒリズムという新しい観念を広めた「父と子」などは分かりやすく哲人の憂愁と共感を得られるが、恋という本能的な感情を主題に据えている「はつ恋」については理知的な視点を基底にしているが、寧ろ相反する作品のような印象がある。
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