感想:『刺青・秘密』 『刺青・秘密』(著:谷崎潤一郎、新潮文庫) ■ 収録作品 ・「刺青」 ・「少年」 ・「幇間」 ・「秘密」 ・「異端者の悲しみ」 ・「二人の稚児」 ・「母を恋うる記」 谷崎の初期短編。処女作「刺青」を含め、共感性はともかく彼独自の感性を感じられる一冊。 ・「刺青」 サディズムに唯美主義からの女性上位を足した作品としては最早一つの完成形といえる。末尾の一文である「折から朝日が刺青の面にさして、女の背は燦爛とした。」だけでも唯美主義を肯定する力強さがあるのが素晴らしい。歴史に名を残すだけあって24歳の処女作としては破格。 ・「少年」 少年少女を登場人物とすることで、女性上位やサディズム・マゾヒズムが人間という生物の本能に根差すものだという主張が読み取れるが、衛生的観念から共感はし難い。快楽主義に歯止めがかからない状況というようにも見て取れる。 ・「幇間」 話の発想すら理解できないという点で、個人的にはこの世で最も気味の悪い作品の一つ。人を楽しませる為にに道化となった男が惚れた女の為に催眠術に掛かったふりをして醜態を晒し、自ら笑い者となる話。この男の人間の尊厳は何処か、憐れむべきか、明示されておらずどう読んでも消化不良の感だけが残る。 ・「秘密」 秘密は秘密である内が華という話。美しさ故の女性上位を「秘密」によって保たれる魅力で支える構図。絶対的な女性上位でない部分に人間らしさがある。 ・「異端者の悲しみ」 「幇間」の男のように媚びへつらうことで世渡りする貧乏な青年の話。貧乏という環境と極度の堕落に因果関係が成り立つかなど、考察が難しい。 真面目に学業に努めるでもなく、労働に勤しむでもない生活。返す当ても無いのに借金をする。借金の罪悪感を遊びや酒など更なる堕落に溺れることで紛らわせる。余りにも堕落の度が過ぎており共感の糸口すら掴めない。 ・「二人の稚児」 物心つかない時分から比叡山のお寺に預けられた二人の稚児の話。他の短編とは毛色が違い童話的な教訓譚としての側面がある。一度も比叡山から下りたことがなく、俗世に対して無知な為、また女人に対する興味の為に兄分である千手丸は得度を前に密かに下山する。道中、千手丸は人攫いの手に落ちるもその美貌から長者の娘に見初められ、一躍多くの美女を侍らせる立場となる。 弟分の瑠璃光丸は千手丸から共に浮世で暮らそうという文を受け取り煩悶するも、十四年来築き上げてきた堅固な信仰から、「来世の応報」により地獄へ落ちることを恐れて誘いを断る。 この後、普賢菩薩の使いが現れ瑠璃光丸の信仰の堅さを称賛し、今生での功徳が来世の生まれに関わる事実を伝えるのであった。 女性が男性を慕い、誘惑することが仏教上は罪となる。今生での功徳が来世に反映されるというのが現実的か別として、教訓譚としては興味深い内容であった。 ・「母を恋うる記」 夜闇を歩く少年の幻想的な情景の描写に尽くした作。物語性は殆どないが文体表現の巧妙は大いに評価できる。 PR