感想:『猫町 他十七篇』 『猫町 他十七篇』(著:萩朔太郎、訳:清岡卓行、岩波文庫) ■ 収録作品 Ⅰ ・「猫町」 ・「ウォーソン夫人の黒猫」 ・「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」 Ⅱ ・「田舎の時計」 ・「墓」 ・「郵便局」 ・「海」 ・「自殺の恐ろしさ」 ・「群衆の中に居て」 ・「詩人の死ぬや悲し」 ・「虫」 ・「虚無の歌」 ・「貸家札」 ・「この手に限るよ」 ・「坂」 ・「大井町」 Ⅲ ・「秋と漫歩」 ・「老年と人性」 1917年~1942年(大正6年~昭和17年)に活動し「日本近代詩の父」と称される詩人、荻原朔太郎の作品集。 短編小説・散文詩・随筆から成る三部構成で、三十代末から五十三歳までの十数年間に執筆された作品を収めている。 執筆の背景として、度重なる転居や妻との離婚、友人であった芥川龍之介の自殺、父との死別等、様々な生活の苦難や不幸があり、作品に大きく影響を与えている。 錯覚の趣と幻想が共存する体験談形式の小説「猫町」と、心理学者ウィリアム・ゼームス教授の著書に紹介される猫の幻覚の実例を小説化した「ウォーソン夫人の黒猫」の二作品は、現実に形を持たないものを詩や小説といった言葉の芸術に仕立てることへの考察を表していると思われる。 他は、死生観を切り口とする作品が散見される。 「詩人の死ぬや悲し」では「小心で、羞かみやで、いつもストイツクに感情を隠す」芥川龍之介の「著作? 名声? そんなものが何になる!」という激情を題材にしている。 「虚無の歌」では老いて疲れ、一切を喪失した最後に自分の幸福とは「一杯の冷たい麦酒と、雲を見てゐる自由の時間」であると知り、その幸福に満足している。 「老年と人性」は死去する二年前に刊行された随筆集『阿帯』に収録されている作品で、自身の半生を振り返る内容である。少年の時分には三十歳になったら死のうと思っていたという告白から始まり、青春の悔恨や老醜を晒すことへの忌避を抱きながらなお、生への執着があると述べている。等身大の苦悩や老年になって漸く得られたニヒリズムに依らない穏やかな諦観が表されており、ささやかな悩みに対する良薬ともなると感じた。 PR