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感想:『さぶ』


『さぶ』(著:山本周五郎、新潮文庫)



 江戸下町の老舗経師屋芳古堂に住み込む同い年の職人栄二とさぶ。決して楽ではない生活の中二人はいつか二人で独立しようと励ましあいながら研鑽していく。二人が二十歳となった年、栄二は仕事先である両替商、綿文の屋敷から古金襴の切を盗もうとしたという冤罪を受ける。元来自尊心の強い栄二はこれに激高し、綿文に乗り込むも狼藉物として捕らえられ人足寄場(江戸幕府の設置した軽罪人・虞犯者の自立支援施設)に送られることとなる。
 初めの内は栄二も人間不信になっており、冤罪の事実を知っているであろう綿文の親分や、自分を捕らえた目明しに対して殺意を抱くまでの復讐心を持っていたが、様々な苦悩を抱える人足寄場の人々や自分の立場も顧みず度々面会に来てくれるさぶの影響から、人間の強さと弱さ、見返りを求めない真心の愛といった「人情」とは何かを学び得ていく。

 「人情」とは何たるかという哲学的命題に対するアプローチとしては丁寧で、様々な人の価値観が引き合いに出るためそれだけで面白い。舞台やドラマとなっており世間的にも高い評価を得ている。
 但し、主人公である栄二の言動が時に酷く女々しく、暴力的であるにその人格を親友さぶや妻おすえが咎めないのが個人的には不満点。プロットとしては、田舎に帰ると泣くさぶを引き留める冒頭の場面が栄二の絶頂期として、後は只管周りが彼を過剰に持ち上げるようにも感じる。
 特に結末部、冤罪を被せた犯人が妻となったおすえだと判明する場面は何もかもが台無し。本人が名乗りあげ、動機を語るまで自身がどれだけ世話になっているかも分からないさぶを犯人と決めてかかっていた点など、人を信用することに関して全く成長しておらず、さぶに対して平常からの敬意というものを持ち合わせていないということが明確に表れていて不快だった。
 しかし、栄二の成長という読者の期待を裏切る結末だからこそ、凡百の人情話とは一線を画す作品となっていることは確かである。
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