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感想:『武士道』

『武士道』(著:新渡戸稲造、訳:矢内原忠雄、岩波文庫)




 初版発行は1900年。英文の原題は「Bushido: The Soul of Japan」。
 宗教教育の無い日本に於ける道徳教育の在り様、道徳観念の根源に対する疑問に端を発し「武士道」という思想を読み解いていくのが本書の目的。
 読解の難しい主題ではあるが、引用や具体例の提示が豊富であり、章構成もより読み易いように工夫されている。
以下、要点の箇条書き及び端的な考察。
◆第一章「道徳体系としての武士道」
・武士道はその表徴たる桜花と同じく、日本の土地に固有の花
・封建制度の子たる武士道の光はその母たる制度の死にし後にも生き残って、今なお我々の道徳の道を照らしている
・「武士道」という語を端的に説明すると、「武士の掟」、武人階級の身分に伴う義務
・成文法により教えられるものではなく、口伝もしくは僅かな格言があるに過ぎない
・17世紀初めに制定された武家諸法度十三ヵ条は概ね婚姻、居城、徒党等に関するものであり、教訓的規則は僅かに触れられているに過ぎない
・封建社会に確立した「武家」「武士」という特権階級は交戦者たる立場にあり、かつ異なる氏に属するものであったが為に、行動の共通規範の必要があった

◆第二章「武士道の淵源」
・淵源の何たるかを問わず、武士道が自己に吸収同化したる本質的なる原理は少数かつ単純。
・仏教は武士道に「運命に任すという平静なる感覚」「不可避に対する静かなる服従」「危険災禍に直面してのストイック的なる沈着」「生を卑しみ死を親しむ心」を寄与した
・神道の教義によって刻み込まれた「主君に対する忠誠」「祖先に対する尊敬」「親に対する孝行」は武士の傲慢なる性格に服従性を賦与した
・神道の教義には愛国心及び忠義が含まれている
・孔子の教訓は道徳的協議に関して、武士道の最も豊富なる淵源である
・孟子も武士道の上に大いなる権威を振った

◆第三章「義」
・義は日本に於ける一般的諸特性にして、武士の掟中最も厳格なる教訓
・或る著名の武士、林子平はこれを決断力と定義した。曰く、「義は勇の相手にて裁断の心なり。道理に任せて決心して猶予せざる心をいうなり。死すべき場合に死し、討つべき場合に討つことなり」
・また、真木和泉は「節義は例えていわば人の体に骨あるがごとし」と、人としての骨子であると述べた
・孟子によれば義は「人が失われたる楽園を回復するために歩むべき直くかつ狭き路」
・義と勇は双生児の兄弟であって、共に武徳である
・義からの分岐としてみるべき語「義理」は「正義の道理」の意味であるが、時をふるに従い、世論が履行を期待する漠然たる義務の感を意味するところとなった
・義理は本来単純明瞭なる義務を意味するが、例えば、親に対する孝の唯一の動機であるべき愛が欠けたる場合、孝を命ずる権威となる
・義務が重荷として感ぜらるる場合に、義理は厳しき監督者として介入し仕事を遂行せしめ
・義理は「正義の道理」として出発したが、しばしば決疑論に屈服し、避難を恐れる臆病にまで堕落した
・もし鋭敏にして正しき勇気感、敢為堅忍の精神が武士道になかったならば、義理はたやすく卑怯者の巣と化したと考えられる

◆第四章「勇・敢為堅忍の精神」
・孔子は『論語』において、「義を見てなさざるは勇なきなり」と説いた
・武士道に於いては、死に値せざる事のために死するは「犬死」と賤しめられた
・西洋に於いて道徳的勇気と肉体的勇気との間に立てられた区別は、日本に於いても「大勇」「匹夫の勇」として久しき前から認められていた
・剛毅、不撓不屈、大胆、自若、勇気等の心性を少年に育む為、軍物語や御伽噺、時にスパルタ式な教育を以て親は子供の胆力を錬磨した
・真に勇敢なるものは常に沈着である
・実に勇と名誉とは等しく、平時に於いて友たるに値する者のみを、戦時における敵としてもつべきことを要求するまでの高さに勇が達したとき、それは仁に近づく

◆第五章「仁・惻隠の心」
・愛、寛容、愛情、同情、憐憫は古来最高の徳として、すなわち人の霊魂の属性中最も高きものとして認められた
・また、「慈悲は王冠より善く王に似合う」「慈悲は王酌をもってする支配以上」と王者の徳として考えられた
・孔子曰く、「君子はまず慎む、徳有ればこれ人有り、人有ればこれ土有り、土有ればこれ財有り、財有ればこれ用有り、徳は本也、利は末也」
・また曰く、「上仁を好みて下義を好まざる者はいまだ有らざるなり」
・孟子はこれを祖述して曰く、「不仁にして国を得るものはこれ有り、不仁にして天下を得るものはいまだこれ有らざるなり」
・また曰く、「天下心服せずして王たる者はいまだこれ有らざるなり」
・孔孟ともに王者たる者の不可欠要件を定義して「仁とは人なり」と言った
・武断主義に堕落しやすい封建制の政治下に於いて、最悪の種類の専制から民を救ったものは仁であった
・男性的なる同義や正義に対して、慈悲は女性的な柔和さと説得力を持つ
・伊達政宗の格言にも「義に過ぐれば堅くなる、仁に過ぐれば弱くなる」とある
・「武士の情け」は盲目的な愛の衝動ではなく、生殺与奪の権力を背後に有する故の正義に対して正当な顧慮を払える愛である
・弱者、劣者、敗者に対する仁は、特に武士に適わしい徳として賞賛せられた
・日本では先頭の真唯中に於いて哀憐の情を喚起することを音楽ならびに文学の嗜好が果たした
・優雅の感情を養うは、他人の苦痛に対する思いやりを生む。他人の感情を尊敬することから生ずる謙遜・慇懃の心は礼の根本をなす

◆第六章「礼」
・作法の慇懃鄭重は日本人の著しき特性
・もし単に良き趣味を害うことを怖れてなされるに過ぎざる時は、礼儀は貧弱なる徳である
・真の礼は他人の感情に対する正当なる尊敬、したがって社会的地位に対する正当なる尊敬を意味する
・礼の最高の形態は、ほとんど愛に接近する
・「礼は寛容にして慈悲であり、礼は妬まず、礼は誇らず、驕らず、非礼を行なわず、己の利を求めず、憤らず、人の悪を思わず」
・礼は尊ぶべきものだが、諸徳の第一位に置くものではなく、より高い他の諸徳と相関的関係にある
・礼が社交の不可欠要件にまで高めらるる時、青少年に正しき社交態度を教えるため、礼儀作法の詳細なる体系が制定せらるるに至るはけだし当然である
・『衣服哲学』の用語を借りて、礼儀作法は精神的規律の単なる外衣であると言える
・礼儀は挙動に優美を与えるに過ぎずとしても、大いに裨益するところがある
・礼儀は仁愛と謙遜の動機より発し、他人の感じに対するやさしき感情によって動くものであるから、常に同情の優美なる表現である

◆第七章「誠」
・信実と誠実となくしては、礼儀は茶番であり芝居である
・伊達政宗曰く、「礼に過ぐれば諂いとなる」
・孔子は『中庸』において誠を尊び、これに超自然力を賦与して殆ど神と同一視した
・虚言遁辞はともに卑怯と看做された
・「武士の一言」と言えば、その言の真実性に対する十分なる保障であった
・武士は然諾を重んじ、その約束は証書によらずして結ばれかつ履行せられた。
・証文を書くことは彼の品位に適わしくないと考えられ、「二言」すなわち二枚舌を死をもって償いたる多くの物語が伝わっている
・一転して、締まりのない商業道徳はじつに日本国民の名声上最悪の汚点であった
・人生におけるすべての大いなる職業中、商業ほど武士と遠く離れたるはなかった
・商人は職業の階級中、士農工商と称して最下位に置かれた
・商人に対する侮蔑は自ずから社会的評判などに頓着しないような人々をその範囲に集めた
・偽りの証しを立つることなかれとの積極的なる誡めが存在せざるため、虚言は罪として審かれず、単に弱さとして排斥された

◆第八章「名誉」
・名誉の感覚は人格の尊厳ならびに価値の明白なる自覚を含む
・廉恥心は少年の教育において養成せらるべき最初の徳の一つであった
・羞恥の感覚は人類の道徳的自覚の最も早き徴候
・カーライル曰く、「恥はすべての徳、善き風儀ならびに善き道徳の土壌である」
・武士の繊細なる名誉の掟の陥りやすき病的なる行き過ぎは、寛大および忍耐の教えによって強く相殺された
・些細な刺激によって立腹するは「短気」として嘲られた
・武士道は寛大、忍耐、仁恕の精神により非闘争的非抵抗的なる柔和にまで達しえたる
・名誉は境遇より生ずるのではなく、各人が善くその分を尽くすにある
・名誉は――しばしば虚栄もしくは世俗的賞賛に過ぎざるものも――人生の最高善として貴ばれ、生命さえも廉価と考えられた

◆第九章「忠義」
・忠義――目上の者に対する服従及び忠誠――は封建制度中の他の諸徳と異なり、他の階級と共通しないという特色を持つ
・武士道は国家は個人に先んじて存在し、個人は国家の部分および分子としてその中に生まれきたるものと考えた
・故に個人は国家の為、もしくはその正当なる権威の掌握者のために生きまた死ぬべきものとなした
・武士道は、我々の良心を主君の奴隷となすべきことを要求しなかった
・主君の気紛れ、妄念邪想のために自己の良心を犠牲にする者は「佞臣」・「寵臣」として低く評価された
・あらゆる手段を尽くして君の非を正すことが忠義とされた
・生命は主君に仕えるべき手段として、その理想は名誉に置かれた

◆第十章「武士の教育および訓練」
・武士の教育において守るべき第一の点は品性を建つるにあり、思慮、知識、弁論等知的才能は重んぜられなかった
・美的のたしなみや知的優秀は付随的地位が与えられたに過ぎなかった
・武士道教育の課目は主として、撃剣、弓術、柔術もしくは柔ら、馬術、槍術、兵法、書道、倫理、文学、歴史より成った
・封建時代の戦争は科学的精確をもって行われなかったため、数学的観念は養成されなかった
・武士道は非経済的であり、金銭を儲け蓄える術を賤しみ、清貧を誇った

◆第十一章「克己」
・勇の鍛錬は忍耐することを明記せしめ、礼の教訓は自身の悲哀をもしくは苦痛を露すことにより他人の快楽もしくは安静を害せざるよう要求する
・この両者が相合してストイック的心性を産み、外見的ストイック主義の国民的性格を形成した
・真のストイック主義は一国民全体の特性となり得ざるものである故に、外見的ストイック主義とする
・武士が感情を面に現わすは男らしくないと考えられた
・最も自然的なる愛情も抑制せられた。私室に於いてはともかく、父が子を抱くのは彼の威厳を傷つくることであり、夫は妻に接吻しなかった
・人の深奥の思想および感情を多弁を費して発表するは、我が国民の間にありては深遠でもなく誠実でもないことの徴であるとされた
・日本人は、人性の弱さが最も酷しき試練に会いたる時、悲しみもしくは怒りの平行錘として常に笑顔を作る傾きがある
・克己の修業はその度を過ごしやすく、天性を歪めて偏狭畸形となすことがある

◆第十二章「自殺および復仇の制度」
・日本人の心には切腹に対し、最も高貴なる行為ならびに最も切々たる愛情の実例の連想がある
・日本人の切腹観には嫌悪も嘲笑も伴わなず、一点の不合理性も感ぜしめない
・切腹は単なる自殺の方法ではなく、法律上ならびに礼法上の制度であった
・武士が罪を償い、過ちを謝し、恥を免れ、友を贖い、もしくは自己の誠実を証明する方法であった
・法律上の刑罰として命ぜられる時には、荘重なる儀式をもって執り行われた
・一方で、切腹をもって名誉となしたることは、おのずからその濫用に対し少なからざる誘惑を与えた
・しかしながら、真の武士にとりては、死を急ぎもしくは死に媚びるは等しく卑怯であった
・復仇には人の正義感を満足せしむものがある
・切腹及び復仇の両制度は、刑法法典の発布と共にいずれも存在理由を失った

◆第十三章「刀・武士の魂」
・武士道は刀をその力と勇気の象徴となした
・刀は不断の伴侶として愛せられ、固有の呼び名を付けて愛称せられ、尊敬のあまりほとんど崇拝せられるに至る
・日本では多くの神社ならびに多くの家庭において、刀をば礼拝の対象として蔵している
・刀鍛冶は単なる工人ではなくして霊感を受けたる芸術家であり、彼の職場は至聖所であった
・武士道は刀の正当なる使用を大いに重んじ、その濫用を非としかつ憎んだ
・「負くるは勝」という俚諺とは、真の勝利は暴敵に抵抗せざることに存することを意味する
・武士道の究極の理想は結局平和にあった

◆第十四章「婦人の教育および地位」
・女性の心の直感的な働きは男性の「算数的な悟性」の理解を超える為に、女性は往々にして矛盾の典型と呼ばれる
・武士道における女性の理想には神秘的なるところなく、その矛盾もただ外見的のみである
・妻を意味する「婦」の字は箒を持てる女を意味し、英語の妻(wife)が織る人(weaver)を語源とするのと同様に家庭的である
・武士道は「女性の脆弱さより自己を開放して、最も強くかつ最も勇敢なる男児に値する剛毅不撓を発揮したる」婦人をば最も賞揚した
・女子は自身を守るため、また健康上の効用から薙刀を訓練した
・女児が成年に達すれば自衛、または自害の為の短刀(懐剣)を与えられた
・男性的なる要素だけではなく、家庭の娯楽として音楽、舞踊または文学を嗜んだ
・幼少の時から女性は自己否定を教えられ、男児の助けとなるべく従属的奉仕の生涯を義務付けられた
・女子がその夫、家庭ならびに家族の為に身を棄つるは、男子が主君と国とのために身を棄つると同様に、喜んでかつ立派になされた
・自己否定は男子の忠義におけると同様、女子の家庭性の基調であった
・女子が男子の奴隷でなかったことは、彼女の夫が封建君主の奴隷でなかったと同様である
・婦人が最も少なく自由を享受したのは、訳二百万人を数える軍事階級においてのみであり、社会階級が下になるほど夫婦の地位は平等であった
・貴族の間においてもまた、性の差異を目立たしめる機会が少なかりし故に、両性間の差異は著しくなかった
・武士道において、女子の価値は戦場ならびに炉辺によって計られた故に、社会的政治単位としては高くはなかったが、妻および母としては最も高き尊敬と最も深き愛情とを受けた

◆第十五章「武士道の感化」
・まず武士階級を照らしたる倫理体系は時をふるにしたがい大衆の間からも追随者を惹きつけた
・過去の日本は武士の賜である。彼らは国民の花たるのみでなく、またその根であった
・彼らは社会的に超然として構えたけれども、これに対して同義の標準を立て、自己の模範によってこれを指導した
・民衆娯楽および民衆教育の無数の道――芝居、寄席、講釈、浄瑠璃、小説――はその主題を武士の物語から取った
・「花は桜木、人は武士」と里謡に歌われるように、武士は全民族の善き理想として、いかなる思想の道にも刺激を与えた
・武士道は最初発生したる社会階級より多様の道を通りて流下し、大衆の間に酵母として作用し、全人民に対する道徳的標準を供給した
・平民は武士の道徳的高さにまでは達しえなかったけれども「大和魂」は遂に島帝国の民族精神を表現するに至った

◆第十六章「武士道はなお生くるか」
・国民性を構成する心理的要素の合成体が粘着性を有することは「魚の鰭、鳥の嘴、肉食動物の歯等、その種属の除くべからざる要素」のごとくである
・武士道が我が国民の上に刻したる性格は「種属の除くべからざる要素」を成すとは言いえないが、その保有する活力については疑いを存しない
・過去七百年渡り獲得した運動量は急停止することはなく、遺伝によって伝えられたものだとしても、その影響は広範囲に及んでいるに違いない
・武士道は一の無意識的なるかつ抵抗し難き力として、国民及び個人を動かしてきた

◆第十七章「武士道の将来」
・社会の状態が変化して武士道に反対なるのみでなく敵対的とさえなりたる今日は、その名誉ある葬送の準備をなすべき時である
・武士道は一の独立せる倫理の掟としては消ゆるかもしれない、しかしその力は地上より滅びないであろう
・その武勇および文徳の教訓は体系としては毀れるかも知れない。しかしその光明その栄光は、これらの廃址を越えて長く活くるであろう
・その象徴とする花のごとく、四方の風邪に散りたる後もなおその香気をもって人生を豊富にし、人類を祝福するであろう

 封建社会に成立した武士道は今もなお、日本人の根幹に根付いていることは第一に児童の教育に見ることができる。仁義によって行動し、武力をもって悪を挫く主人公像は、童話のみならず児童向けのアニメーション作品や特撮作品の典型である。無論、そのモチーフは日本固有のものではないが、今もなお日本人的思想に基づいた道徳的教育の最も単純な定型であることは認めるられるべきだと思う。
 また、ジェンダーの価値観は理不尽な点を無くしていくよう変化を遂げつつあるが、「男らしさ」「女らしさ」として求められる要素は封建時代から依然として変わらない部分も多い。

 しかし、一方で国際化の影響により資本経済主義社会への変貌を遂げた現代日本との軋轢が如実に顕れていると感じる。
 「商」という身分が武士階級より最も離れていたことに起因する商業活動の実態と道徳の齟齬は、例えば企業や政治家の偽装や隠蔽といった醜聞で度々現代社会に現れる。また、忠義を逆手に取った劣悪な労働環境や詐欺行為等も依然として問題視されている。

 経済がもたらす生活の豊かさによる心身の余裕。または不利益をもたらす防ぐ為の法整備が進むことによって、世の中に倫理が浸透していくことは確かに期待できる。卑賎なる一国民としてはそれが資本主義化によって失われた武士道という精神の本質に適うものであるよう祈るばかりである。
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