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感想:「地下室の手記」


『地下室の手記』(著:フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー、訳:江川卓、新潮文庫)



 「極端な自意識過剰から一般社会との関係を断ち、地下の小世界に閉じこもった小官吏の独白」として書かれた作品。

 貧しい自分の暮らしに対してまっとうな手段で改善することもせず、唯己の中で屁理屈をこねて正当化しようと足掻く。不全な対人関係に於いては常に虚勢を張り、その結果を常に後悔し自他に対する怒りを以って終わることのない苦しみに自身を投じる。余りにも生きることすら不器用な男の姿は必定として憐憫の情を惹き起こすが、何よりも悲劇的なのは自分自身の正確に非があることを十分に自覚していることだと感じた。

 前半部分が男の理念の御高説に終始していることや、男の性質が確立された根本的理由が不明な点から物語小説としては面白みに欠けるが、一つの文学としては傑物足るものだと思う。
 自尊心は万人が少なからず持つべきものだが、極端に肥大した例より改めて相対すると、「自らを尊重する心」という字の通り、一般的な心理的欲求のように単純に他者の振る舞いによって満たされるものではなく、他社との比較に於ける自己評価によって成り立つものだという特異な点がより際立つのが面白い。
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