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感想:『伊豆の踊子』


『伊豆の踊子』(著:川端康成、新潮文庫)


■ 収録作品
・「伊豆の踊子」
・「温泉宿」
・「抒情歌」
・「禽獣」


・「伊豆の踊子」
 孤独に悩み伊豆への一人旅の出かけた旧制高校生の青年が、先で出会った旅芸人の一団と出会い、一行中の踊子に恋慕する。青年が募らせる想いは激しくも清純無垢なものであったが、踊子と恋愛的な関係に至ることはなく自然と別れ、帰途の船上で涙する。
 身内と悉く死別し、15歳にして孤児となった作者の実体験を基にしており、「事実そのままで虚構はない。あるとすれば省略だけである」と述べている。
 特に物語としての盛り上がり無い代わりに、純粋な感情を赤裸々に綴ることに努めている。
 また、14歳という踊子の年若さやあどけない言動が、プラトニックで厭らしさがなく、兄妹のふれあいのような印象を抱かせるのが心地よい。

・「温泉宿」
 ある温泉宿を舞台に様々な女性の生き様を描いた作品。孤独や貧困、病など各々苦しみを抱えながらも足掻く中に、女性の強さも弱さも詰め込まれており、儚さや無常さに酷く心揺さぶられる。
 「彼女等は獣のように、白い裸で這い廻っていた」という書き出しが印象的であり、曖昧宿の娼婦として勤める姿など、性的な要素が介在する場面はより本能的な渇望が感じられる。

・「抒情歌」
 死別した元恋人で、自分を棄てて他の女性と結婚した男に対する手紙という特殊な体裁をもった作品。
 手紙で主人公が語る内容は恨み節ではなく、「幼少の頃あらゆる物事を直感的に近くできる超能力があったこと」や「文献や宗教を引用した死後の魂の話」など酷く幻想的で、現実逃避や自己陶酔の中にある精神衰弱した女性という印象を抱かせる。その一方で、引用の多様さや妙に落ち着いた様子から本物の魔女であるとも思わせる。

・「禽獣」
 愛玩動物と女性に対する抒情と非情の話。
 主人公の男は番を失った菊戴を憐れむなど愛情深い面を持ちながらも、鳴鳥になる見込みのない屑鳥など拾っても仕方がないと雲雀の子を見殺しにする。また、新しい生命の誕生に感動する心を持ちながらも、飼犬の生んだ子を雑種だからとぞんざいに扱って死なせるなど、生命に対する独自の感性をもっている。
 動物だけでなく女性に対しても、無邪気な子犬にかつて娼婦として関係を持った千花子という女性を投影したり、子供を生んだことで踊子として衰えていった千花子を痛烈に批判するなど同様の感性をもっていることが伺える。
 小鳥や子犬の死が生々しく描かれる為、主人公の生命を冒涜する冷徹さに恐怖や嫌悪を覚える上、描かれている愛情も「伊豆の踊子」や「抒情歌」のような純粋故に分かりやすいものではなく、個人の価値観や気分によるところが大きい為、むしろ主人公という人間を読解き難く思える。
 人や動物の容姿や能力に価値観を見出し、その点のみを愛することは然程珍しいことではないことから、人間だれしも一欠片くらいは主人公のような冷徹な感情があるだろうという憶測が生まれ、後読感として遣る瀬無い戸惑いがある。
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